自由が好き
こんにちは。
concomi:naのいづみです。
毎日暑いですね😵水分ゴクゴク摂りましょう!🥛おまけに台風で雨模様が不安定です☔️
寺町から御幸町への路地。この間のどこの路地も雰囲気が好きです。
暑いときは緑を愛でましょう🌿
前回のブログで私のものづくり原体験をお話ししました。
そんなわけで、絵を描くのが好きな子どもに育ち、近所の子どもアトリエにも通ったりして、美大にまで進むことになります。
立体物を作るよりは、絵を描くことの方が得意で好きだった私は日本画を専攻しました。
絵の良いところは正解がないところ です。
それって
何を是非とするかは自分次第
つまりは
自由
ってことです。
何を描くのか、どのように描くのか、画材、使い方、制作過程、すべてが自由。
作家の数だけ正解があり、それが作家の個性だ という世界が好きなんです。
それは絵に限らず、表現することすべてにおいてそうですね。
ただ、表現するための技術というのは確かにあって、美しい作品を作りたくとも、いつまでも雑で自由奔放な手法ではその境地に至れず、基礎からの技術習得や、きちんとしたお作法で制作にあたる必要は表現したい作品ごとに出てくるでしょう。
必要に応じて技術習得をした上で、自由に表現する。守破離というやつですね。
ものづくりのフィールドとはそのようなところだと思っていると同時にそんなところが好きなんです。
大学に入るまでは守に力を入れて頑張って、なんとか入ったまでは良かったのですが、入って割と早い時期に困ったことになります。
日本画作家先生への道、そのシステムを知ってしまうのです。
茶道や華道の流派と似ている部分もあるかと思うのですが、日本画の道に進むと日展・院展などの公募展を主催する美術団体という組織に出くわします。
流派と違う点は、美術団体における統一された作法作風は敷かれていないことです。日展の先生だから日展流の作風ねということはないです。
私の場合は創画展を主催している創画会所属の先生が大学の先生に多かったので、創画展という公募展が身近に存在しました。
存在自体は創画会の創立メンバーである上村松篁先生の画が好きで知ってはいたのですが、その団体の仕組みまでは知らなかったのです。
とある創画展に足を運んだ日のことでした。
会場に入るやいなや、ああ〜この作品好き〜!いいな〜!と力漲る作品を目にしたその向かいの壁に創画会賞受賞の作品がありました。
その作品と先生には失礼なのですが、なんかこなれた感しか漂って来ず、こっちがただの入選で何の賞も貰ってなくて、こっちが大賞なのかー。……何で?????
私の目やセンスが節穴と言われてしまえばそれまでなのですが(笑)、とにかく納得がいかなかったんですね。
その割とすぐ後にタイムリーにも美術手帳が日本画特集を組んでくれたので購入。
その中で会友→準会員→会員→役員という確固たるヒエラルキーがある美術団体の仕組みを知ってしまったのです。
展覧会自体は公募展なので間口は広いのですが、奨励賞や大賞などはヒエラルキーの中での格上げのための判押しの役割なんですね。
私があの日見た二つの作品はそれぞれ、入選回数が浅い会友未満の先生の作品と創画展の中で長年頑張ってきた功績が認められた先生の作品だったのです。
ただ、私には前者の方が眩しかった。
それだけのことでした。
これが結構ショックで、その後公募展は観には行けども、すっかり興味関心をなくしてしまい、公募展という狭い枠に留まらない現代美術の展覧会にはまって行くことになります。
ちょうど奈良美智さんがgrafと活動を共にしていた頃、横浜トリエンナーレ2005、松井冬子さんが美術手帳に登場(こんな人おるんか!と驚。)、京都からは束芋さん、新しく開館した金沢21世紀美術館が大注目!とかそんな時代です。懐かしい〜
そのときに原美術館の展覧会で知ったオラファー・エリアソンさんは今でも好きなアーティストです。日本で大規模個展やってくれぃ!
そんなわけで、なんだか狭く窮屈そうな世界とは距離を置き、その後、一般市場というでっかい世界の中で商品を作っている会社やお店に属する方が楽しそうだし、良い経験ができるんでないの?と思い就職するのでした。
ちなみに、日本画作家の道は公募展のみにあらず、フリーで個展を定期的に開いたり、どこかのギャラリー専属のアーティストになったり様々あります。
私はアーティストって生き方自体ちょっと違うのかもしれないと思って、そういった活動にまで至りませんでしたが、目指される方は頑張ってください!
お読み頂きありがとうございました!)^o^(
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お立ち寄り頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします(╹◡╹)/